風間トオルの生い立ちが貧乏すぎる!両親・祖父母との関係は

      2018/06/10

モデルとしてデビュー後、トレンディドラマなどで俳優として活躍する風間トオルさん。

最近では、その甘いマスクからは想像もつかないような「貧乏すぎる」生い立ちを披露して話題となっていますね!

どんな少年時代を送ってきたのか?両親・祖父母との関係について迫っていきたいと思います!

スポンサーリンク

風間トオルのプロフィール

本名:須藤光春(すどうみつはる)

生年月日:1962年8月19日(55歳)

出身地:神奈川県川崎市

身長:175cm

血液型:O型

職業:俳優・タレント・モデル

活動:1981年-

 

「メンズノンノ」でノンノボーイフレンドに選ばれモデルデビュー。(同期は阿部寛)

1989年のドラマ「ハートに火をつけて!」で俳優としてデビューします。

 

初めの頃は演技が下手すぎて「共演者が倒れるほどだった」という風間さんですが、その後90年代前半にかけてトレンディドラマに引っ張りだことなり、見ない時期はないほどの人気俳優となりました。

 

「明石家さんまのコンプレッくすっ杯」で自身の貧乏話をすると

その壮絶すぎるエピソードが話題となり、バラエティにも出演するように。

そして、2016年に自叙伝「ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力」を出版します。

スポンサーリンク

 

貧乏すぎる生い立ち

風間トオルさんが5歳の時に両親が離婚。

離婚の原因は、母親に他に好きな人ができたからでした。

 

どちらについていくかを聞かれた風間さんは、見ず知らずの男性と一緒に暮らすよりも父親・祖父母といる方を選択しますが、その後すぐに父親が失踪。

年金暮らしの祖父母との極貧生活が始まります。

 

  • お金がなく食べるものがなかったため、道端の草やカマキリなどを食べていた
  • 風呂がなかったので洗濯機に服を着たまま入って洗っていた
  • バレンタインデーにもらったチョコレートを割って、貴重な食料として1年間食べていた
  • 高校に入り一人暮らしを始めてからは、学費と生活費を稼ぐためバイトに明け暮れ2時間しか寝ていなかった
  • 冷蔵庫がなかったため発泡スチロールを地面に埋めて、そこに食料を入れていた
  • 病院に行くお金がなかったので虫歯は抜いて治した
  • 頭が割れたり、足を貫通する大怪我を負っても病院には行かず自分で治した
  • デートの時は交通費を浮かせるため川崎から渋谷まで片道2〜3時間歩いていた

 

などなど、驚きのエピソードを持つ風間さん。

 

 

頭が割れて足が貫通しても病院に行かずに自力で治すとか、とてつもない生命力ですね。

 

それだけ祖父母には迷惑をかけたくないという気持ちが強かったのでしょう。

 

貧乏時代の経験から、今でも料理をするときは野菜を通常捨てる皮や芯の部分まで使ったり、紙コップを使わないためにマイボトルを収録現場に持参しているようです。

 

風間トオルさんの著書はこちら↓

スポンサーリンク

 

祖父母・両親との関係は

母親とは5歳の時に分かれ、父親もその後すぐに出て行ってしまい

祖父母と暮らすようになった風間さん。

 

風間さんが中学に上がる頃に一度父親を訪ねて行ったことがあるのですが

その時も父親は風間さんを引き取ることはせず

「もう帰れ」と祖父母の家に帰してしまいます。

 

その後風間さんがテレビに出るようになってから

父親はお金をもらうためにたびたび現れるようになったとか。

 

小学生になってからは、

認知症になった祖父の世話もしていたそうですが

風間さんが貧乏でもグレることなく育ったのは

祖父母の愛情があったからだと話しています。

 

特におばあちゃんの影響は大きかったみたいですね。

 

カニの行商に来た人の身の上話を聞いて

その月の生活費をはたいてカニを全部買い

近所の人に配ってしまったというエピソードがあり

 

風間さんが「これからどうするのか?」と心配していたら

その後、近所の人から次々にお返しが届いて

人と人とのつながりの大切さを学んだなんてことも。

 

そのため、今でも「僕の体の半分は祖父母でできている」と話す風間さん。

 

俳優になってからも物を大事にしているのは

祖父母の教えを守り続けていたためだったんですね。

 

さいごに

トレンディ俳優・風間トオルさんの貧乏な生い立ちについてご紹介しました。

苦労をものともせず、明るく生きる姿には勇気付けられますね。

最後までお読みいただきありがとうございました!

スポンサーリンク

 - エンタメ

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。