美智子様バッシングはなぜ起きた?報道内容や1993年の失声症理由は誰かも調査
2019年12月13日に宮内庁の上皇職が「美智子さまが今年9月以降血の混じった嘔吐を複数回されていた」との発表を会見で行いました。
上皇侍従次長はその理由について「週刊誌報道にストレスを感じた結果、胃に負担がかかってしまった可能性がある」と説明しています。
1993年にも美智子さまへのバッシングによって数ヶ月にわたり声を失われた(失語症)ことがありましたが、なぜ美智子さまはここまでマスコミからバッシングを受けるのでしょうか?
今回は、上皇后美智子さまのバッシング報道内容やその理由と、1993年に声を失ってしまった原因は誰だったのかについても調査してみました!
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上皇后美智子様のプロフィール
雅子さまが、美智子さま「吐血」の原因!? 実は「元気そのもの」の劇場 https://t.co/iRxDFzmlNI
— 小内誠一(皇室「是々非々」自録) (@k_zezehihi) December 22, 2019
上皇后美智子(みちこ)陛下(以下、美智子さま)は、日本の第125代天皇・明仁の皇后です。
生年月日は1934年(昭和9年)10月20日ですので、2019年12月28日現在は85歳ですね。
出身地は東京府東京市本郷区(現:東京都文京区本郷)で、ご成婚前の旧名は、正田 美智子(しょうだ みちこ)といいます。
日清製粉グループ会長の正田英三郎・冨美夫妻の長女として生まれ、大和郷幼稚園、雙葉学園雙葉小学校附属幼稚園、雙葉学園雙葉小学校を経て、中学からは聖心女子学院へ入学。
当時の愛称は米国の子役であったシャーリー・テンプルのような天然パーマだったことから「テンプルちゃん」や「ミッチ」「ミチ」と呼ばれていたそうです。
中高時代からトップクラスの成績をおさめ、1957年に聖心女子大学文学部外国語外国文学科を首席で卒業しました。
同年8月、長野県の軽井沢会テニスコートで開催されたテニスのトーナメント大会にて当時皇太子だった明仁親王と出会い、陛下からの猛アタックの末、ご婚約が内定。
明治時代以降初めての(旧平民)民間出身の皇后・皇族となりました。
第125代天皇明仁の退位に伴い、皇室史上初めての上皇后(じょうこうごう)となり現在に至ります。
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美智子さまが1993年に失声症を患った理由や原因は誰?
「家庭を持つまでは絶対死んではいけないと思った」と仰るほど孤独な環境で育った天皇陛下、それを聞いて「今まで読んだ小説の中にもこれほど寂しい言葉はなかった」と涙して温かい家庭を築かれた美智子さま、そして今日、最後の会見で初めて声を震わせ「皇后を心から労いたい」と仰っていて涙が出た… pic.twitter.com/TSkquMt9aG
— Emiko (@Emiko_blossom) December 23, 2018
美智子さまバッシングといえば、平成に入って間もない1993年(平成5年)に突然倒れ、数ヶ月間「失語症」によって声が出なくなってしまったことがあります。
しかし、その症状から近年では美智子さまは「失声症だった」と言われています。
失語症(しつごしょう)とは、脳出血、脳梗塞などの脳血管障害によって「聞く」「話す」「読む」「書く」の機能に障害がある状態のこと。
失声症(しっせいしょう)とは主にストレスや心的外傷などによる心因性の原因から、声を発することができなくなった状態におちいること。 「心因性発声障害」とも呼ばれる。
名前は似ていますが、脳の障害によって引き起こされる「失語症」とストレスから引き起こされる「失声症」は全く別のものになりますね。
美智子さまが声を失ってしまった理由に「女性週刊誌を中心とした美智子さまバッシング」がありました。
そのバッシングは「皇后の役目はダンスでも災害地の見舞いでもない」「皇居の奥で祈るだけで良い」といった、守旧派による「平成流皇室」のあり方を批判する内容でした。
最終的な引き金は、ある親しい人の周辺からの手紙で、皇太子妃決定の過程関連に関して傷つく内容の表現があったとされています。
皇后(当時)が倒れた朝に公表された誕生日の文書回答では、美智子さまはこのようにコメントを発表。
どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。
批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が、繰り返し許される社会であって欲しくはありません。
「事実に基づかない批判」の発言から、おそらく報道が過熱するあまり「ガセネタ」も横行していた状況があったものだと予想されます。
天皇陛下夫妻を苦しめていた存在が日本会議で、美智子さまを精神的に追いつめ、挙句は失声症になるまで追い込んだのも日本会議だった。それに対し、ブレなき天皇陛下夫妻の戦いを無駄にしてはいけない。
安倍首相は日本会議だ。心無き、日本会議政権打倒を改めて誓う。https://t.co/Jqr7SoSGMx— 渡部 深雪 (@mipom11) April 30, 2019
また、美智子さまが失声症になった原因に「日本会議」があるとも言われていますが、会議でどのような発言があったかについては今のところわかっていません。
眞子様の結婚問題については『眞子さま 小室圭氏との結婚はどうなる?現在の関係やデート画像を調査!』でまとめていますのでぜひ読んでみてください!
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美智子さまバッシング報道の内容とは
美智子さまは、国民が苦しむのを楽しんでいる 濱尾侍従の告発に上皇后さま「お怒り」 https://t.co/cOe6GAmGFK
— 小内誠一(皇室「是々非々」自録) (@k_zezehihi) December 20, 2019
天皇陛下が退位して令和の時代になり、即位の礼も終わってまもないこの頃ですが、ここへきて週刊誌を中心に美智子さまバッシング報道が再燃しているようですね。
その主なものが「美智子さまが雅子さまをいじめていた」という内容。
なんと、かつて皇太子様の発言によって物議を醸した「人格否定発言」の主犯も美智子さまだったという驚きの証言です。
まさか息子が母親を公の場で批判するなんて、誰が想像していたでしょうか?
これを受け、国民の間で美智子さまバッシングが加熱化。
「美智子さまが雅子さまイジメの誹謗を受けて血の混じった嘔吐をされた」との報道に対しても
もういいよ、そういうの。引っ越し延期の言い訳でしょ
一線を退いたのにストレスとかあるんですか?度々お出かけになられているようですが、静養してください
誹謗って、、 あれだけ皇后陛下や敬宮殿下が誹謗されたときこんな記事あった?
後ろめたいことがあるから、世間の評判を気にするのでは?
出典:Yahoo!コメント
などなど、厳しいコメントが集まり、国民の心は完全に美智子さまから離れてしまった印象を受けます。
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まとめ
https://t.co/DLqGyOWvzT
美智子太上皇后の気が強くて意地悪なのなんて今更。若いころからだよ
親戚の侍従が愚痴ってたもん— みは (@konoe_miha) December 22, 2019
今回は、上皇后美智子陛下のバッシング報道内容や1993年に声を失った理由についてご紹介しました。
1993年にストレスによって声を失った理由は主に「平成流皇室」に対する批判で、中にはいわれなきものもあったようです。
上皇后美智子さまが現在バッシングを受けている理由について「雅子さまに対するいじめ」があったとされており、その報道は日を追うごとに加熱しています。
血の混じった嘔吐があったとの報道の際には、「もういいよ、そういうの」など、国民からも批判コメントが集まっていました。
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